まほらの天秤 第19話 |
「おはよう、ルルーシュ」 ・・・リンリン。 彼は不愉快そうに鈴を鳴らした。 今日は昨日とは違い道を探す必要が無かったため、一目散にこの家を目指した。 朝の5時には屋敷を出たから、今は6時を回った頃だろう。 案の定、まだ家の窓は全て閉じていて、彼がまだ夢の住人だという事がわかった。薪になりそうな枝を両手に抱えていたためドアの横に置いて、そっとドアに手をかけた。 誰も来ないだろうと考えているのか、すんなり扉が開いた。 不用心だなとは思うが、もし鍵をかけていても犯罪者相手ならこの程度のドアは意味が無い。なにより窓を割って入れば事足りる。たった一軒しかないのだから、犯罪者も周りを気にして静かにする筈もない。 ゆっくりと開いた扉から、するりと体を滑り込ませた。 しんと静まり返った家の中は、カーテンが引かれているため薄暗い。 足音を殺し、寝室へと向かう。 そっと扉を開き中を伺うとベッドの上が膨らんでいた。 規則正しく動く様子から、静かに呼吸を繰り返しているのがわかる。 彼が生きていることがわかるその動きは、言葉に出来ないぐらい嬉しいものだった。 枕元には狐のお面。こちらに背を向け顔を隠すように眠っているが、このまま気配を殺して中に入れば簡単にその顔を見る事が出来るだろう。 僕は音をたてないように部屋を出た。 そして、一度外に出ると、今度は大きな音を立てて扉をノックした。 「ルルーシュ!朝だよ!起きて、ルルーシュ!」 ドンドン、ドンドン。 寝室の中で彼が目を覚まし、飛び起きたのが気配で解った。 この静かな森の中で、誰かに叩き起こされる経験があるとは思えない。 きっと今頃イレギュラーに弱い彼は思考を停止しさせているに違いない。 そう考えると、口元に笑みが浮かぶ。 「ルッルーシュ~いつまで寝ているのさ?お~き~ろ~朝だよ!」 ドンドン、ドンドン。 威圧的にならないよう軽快にノックをする。 チリンチリンチリンと、鈴が乱暴に鳴った後硬質な音が聞こえた。 あ、お面か何かを落としたな。 そう思ったが、とりあえず口にはせず、扉が開くのを待つ。 暫く慌てたような音が聞こえた後、ゆっくりと開けられた扉の向こうにいたのは、顔を見なくても解るほど不機嫌な彼だった。 一度家から追い出され、身支度を整えた彼が扉を開けたのはそれから10分後。 今日も天気がいいため、窓を全て開けて歩く彼の後をついていった。 「それでね、僕の荷物探すの手伝ってくれないかな」 出来るだけ一緒に行動して、彼の信頼を得てからここを出たい。 ・・・・。 だが、返事は返ってこない。 「ねえ、ルルーシュってば」 ・・・・。 どうやら起こされた事で機嫌を損ねらしく、彼は一切返事をしてくれなかった。 「ルルーシュー、ルルーシュ、ルルーシュ、ねえ、返事してよ」 しつこく名前を呼ぶと、苛立たしげに靴音を鳴らし返事もせずに家を出てしまった。 まずい、本気で怒らせたかな。 慌ててルルーシュの後を追うと、彼は玄関の横に纏めておいていた薪に気がついたらしく視線を向けていた。 「ああ、抱えれるだけ拾ってきたんだ」 僕が話しかけると、一瞬びくりと肩を震わせた後小走りでその場を離れた。 「あ、待ってよ」 その後ろ姿を追うと、彼が向かったのは昨日の菜園。・・・を通り越して、木の蔭へと姿を消してしまった。着いて行くと、その木の陰にはこの菜園用の道具が隠されていた。 最悪菜園が見つかっても、道具と種があればまた作れる。被せていたビニールシートの下からバケツとジョウロ、そしてクワを出すとまたビニールシートをかけた。 「貸して。水、入れてくるんだろ?」 僕が手を出すと、彼は一瞬迷った後、バケツを渡してくれた。 「すぐ戻ってくるからね」 そう言って、僕は彼の家まで駆けだした。 戻ってきた時、新しく貰った種を植えるため畑の拡張をしようとフラつきながらクワをふるっていた彼から慌ててクワを奪い取り、畑を耕した。 彼に任せていたら耕すだけで何日かかるか解らないし、怪我をしそうで怖い。 あっという間に耕し終わり、そこにはいくつかの種が植えられた。 彼がジョウロで水をやり、僕は何度か家まで往復し水を汲み、今日の分の野菜を収穫する頃には8時近くになっていた。 いくらか機嫌をよくしたルルーシュは鈴で返事もしてくれるようになり、彼の用意してくれた朝食を食べ、一緒に探してくれないかともう一度お願いしたらちりーんと鈴の音が返ってきた。 ルルーシュの後について森を歩いて行くと、見知った場所に出た。 いまだに地面に血の跡が残っている、あの場所だ。 「そうだ、僕まだお礼言ってなかったね。ありがとう、君が僕を見つけてくれたんだね」 リンリン。 「嘘ばっかり、ダールトン先生に聞いたよ」 ・・・・。 「別に隠さなくてもいいのに」 ルルーシュは返事をする事無くその場所を通り過ぎ、奥へ奥へと歩いて行った。 そして、スザクがルルーシュを見つけたあの木の前までやってきた。 リン。 鈴が鳴ったのでルルーシュを見ると、木の上を指さしていた。 その指し示す場所を見上げると、木陰に見慣れた鞄が引っかかっているのが見えた。 「あ、僕のだ!」 チリーン。 「そうか、ルルーシュも探してくれてたんだね、ありがとう」 リンリン。 もし彼が喋れるなら「たまたま見かけただけだ」とでも言うだろうか。いいそうだなと、スザクは口元を綻ばせた。 「うん、あそこなら登っていけるな」 木の幹に手をかけて、ハタと気がついた。 「・・・ねえルルーシュ」 リンリン。 「君、あれを取るために木登りしようとしてた?」 ・・・・リンリン。 「・・・してたんだ。駄目だよ、君じゃこれは登れない。怪我をするだろ」 リンリン! 否定を意味する鈴の音を鳴らすが、嘘だって事はすぐ解る。 この木の幹には真新しい傷がいくつもあり、それはどれも足を滑らせたような跡だった。地面も踏み荒らされているし、あの日以降何度も彼が登ろうと挑戦していた事がうかがい知れる。 きっとあの日も挑戦していたのだろう。だが、この木にルルーシュが登れるはずがない。簡単にのぼれるような木でさえ登れなかったのだから無理だ。 スザクは碌に引っかかりの無い幹に足をかけると、するすると上へ昇って行った。そしてあっさりと鞄を手にし、肩に引っ掛けると地面を見下ろした。 うん、このぐらいの高さなら飛びおりても大丈夫かな。 慌てたルルーシュが視界に入ったが、気にせず木から飛び降りた。 多少足に衝撃はあるが、無事に着地。上では確認できなかったため、そのまま地面に腰をおろし鞄を確かめるが、どこも破損していなかった。中を確認すると、宝物もちゃんとそこにあった。 「ああ良かった、見つかって」 ほっと安堵の息をこぼした時、ごつんという音と共に頭に強い衝撃が走った。 「いたっ!?」 思わず痛みのあった場所を手で押さえて上を見上げると、そこには彼。 その左手には握りこぶし。 「何で殴るの!?」 思わず抗議の声を上げると、彼は肩を震わせた後再びこぶしを振り上げた。 ごちん、といい音が鳴る。 「いたっ!痛いってば!」 2度、3度と連続で振り下ろされる。 それに合わせリリン、リリンと鈴が鳴り響く。 「ご、ごめんっ!ごめんてば」 両手で頭を庇うと、腕にゲンコツがあたった。彼の腕力ではたいして痛みはないが、精神的に痛い。ものすごく痛い。彼に殴られるのが、ここまで堪えるとは思わなかった。 ようやく上からゲンコツが振ってこなくなり、おそるおそる瞼を開き見上げると、肩で息をしている彼がそこにいた。 「・・・ごめんね、上から飛び降りたからびっくりした?」 ごつん。 ちりりん。 「いたっ!ごめんねって、心配してくれたんだよね」 ごつんごつん。 ちりりんちりりん。 反省していないだろう!そう言うように何度も殴られる。 言葉を話せないから行動で示すしか無いのはわかるが、暴力はだめだ。 いやこれは暴力じゃなく躾? どちらにせよ、これ以上は僕が精神的に耐えられない。 「ごめんなさい、僕が悪かった。もう危険なことはやらないから」 だから許して。 そこまで言って、ようやく彼の怒りは収まったらしい。 振り上げていた拳をおろしてくれた。 「痛いよルルーシュ」 リンリン。 色々とショックで涙目になり、情けなくなるぐらい眉尻を下げて見上げると、否定の鈴を鳴らしていた彼は暫くこちらを見つめた後、踵を返してこの場を離れて行った。 「あ、待ってよ!」 鞄を閉じ、肩に引っ掛けると慌ててその黒い背中を追いかけた。 |